最初にそれを見つけたのは、仕事が終わって家でソファに倒れ込んだときだった。
スマホのアプリ欄の中に、見覚えのないものがある事に気付いた。監視カメラのようなアイコンで、レンズ部分が赤く光っている。名前は書かれていない。いつから入っていたのか検討もつかない。不審に思って消すことにした。
だが、それは消えなかった。消そうと長押ししても、削除の選択肢は表示されない。気味が悪かったが、そのときは何かのバグだと思い込んで寝ることにした。
しかし、翌日から通知が届き始めた。
「あなたの秘密を見ています。」
アプリを開いたのは、3日目だった。通知は止まらず、僕の神経をすり減らしていた。画面をタップすると、そこには僕自身の映像が映し出されていた。部屋でくつろいでいる姿、鏡に向かって髪を整える姿、そして寝ている間の無防備な顔。すべてが肌身離さず持っていたスマホのカメラを通して撮影されていた。
恐怖で全身が震えた。画面の下にはメッセージが表示されていた。
「従わなければ、この映像を共有します。」
それだけではなかった。過去に友人と交わしたプライベートな会話や、スマホで検索した内容――すべてが記録されていた。僕のスマホが、このアプリによって完全に支配されている。
恐ろしくなりスマホの電源を切った。それでもまだ不安は消えず、ガムテープでカメラのレンズを覆いベッドに放り投げ枕で被せた。
最初に思ったのは「警察に行こう」ということだった。だが、その考えはすぐに消えた。
警察に行くには、まず自分の身の潔白を証明しなければならない。しかし、僕にはそれができなかった。このアプリは、僕の弱みをすべて握っていたからだ。
会社での金銭のことについて、このアプリに記録されていた。僕は半年前、業務の一環で顧客から受け取った小額の現金を自分のものにしてしまったことがあった。「どうせ誰も気づかない」と、数回だけポケットに入れた。それ以来やめていたが、その時の独り言や顧客との会話の録音がこのアプリによって掘り起こされていた。
さらに、それだけではなかった。人には言えないような検索履歴、違法ダウンロードした映画や漫画、そして副業で未申告の収入――これらがすべて記録されていた。警察に行けば、全てを公になるだろう。それだけは避けたかった。
スマホの電源を切ったものの、最後まで他に何を知られているのか確認できていなかったことが引っかかり、それだけ見てから消そうと再び電源を入れた。
すると、すぐさま通知が届いた。
「あなたの罪と一緒に警察に話しますか?」
全て見抜かれている。どこかで見られている。
おそるおそるアプリを開いた。
最初の命令は、美咲への告白だった。
僕には2年間付き合っている恋人の美咲がいる。
「隠していることをすべて話せ。」
画面には僕の過去の失態が並んでいた。会話アプリやSNSから引っ張ってきたであろう過去の恋愛のトラブル、大学時代に友人を裏切ったこと、会社の飲み会で同僚の女性と親密になった写真――それを見た美咲がどう思うかは火を見るより明らかだった。
「従わなければ、これを彼女に送る。」
そのメッセージに逆らうことはできなかった。
こんな得体の知れないアプリにバラされるより、自分の言葉で伝える方がましだ。
翌日、僕は美咲にすべてを話した。彼女の顔は徐々に青ざめ、最後には涙を浮かべながら僕を見た。もしかしたら許してくれるかもしれないという僅かな望みが消え失せていく。
「そんな人だとは思わなかった。」
怒りと失望が入り交じった声で言い残し、彼女は僕の前から去った。
美咲を失った翌日、そのアプリはさらに残酷な指示を出してきた。
「職場の機密資料をコピーしろ。」
画面には、僕が職場で働いている様子が映し出されていた。机に置いたスマホのカメラが、僕の行動をすべて記録していたのだ。それだけではない。僕が同僚に冗談半分で言った悪口や、上司への愚痴も録音されていた。
僕は恐怖に屈し、指示に従った。会社の重要な資料をコピーし、指定された場所に送信した。その罪悪感に押し潰されそうになりながらも、僕は自分をこう慰めていた。「これで終わるはずだ」と。
だが、それは甘かった。次の命令はさらに残酷だった。無実の同僚を裏切るよう求められたのだ。「彼が不正行為をしている」と匿名で告発しろという命令だった。
僕は悩み、抗ったが、アプリの脅しに勝てなかった。同僚を裏切り、彼は職場を追われることになった。そのときの彼の顔が今でも忘れられない。
「最後の命令です。」
アプリは僕に、会社のシステムを破壊するウイルスを送り込めと命じてきた。それを実行すれば、会社は大きな打撃を受ける。拒否すれば、僕のすべてが暴露される。それだけではなく、家族や美咲にまで危害が及ぶという脅しが続いていた。
僕は数時間スマホを見つめたまま、葛藤していた。警察に行けば、僕が犯した過去の罪がすべて明るみに出る。それだけでなく、このアプリがどれほどの力を持っているのか、すでに思い知らされていた。逃げることはできない。
結局、僕は命令に従った。ウイルスを送り込むと、スマホには「よくできました」という通知が届き、それと同時にアイコンが消えた。
翌日、警察が家に来た。会社で発生した被害がニュースになり、僕の名前がすぐに浮上した。調査の結果、僕の犯罪行為はすべて暴かれ、僕は警察に連行された。
刑務所での日々が始まった。スマホのアイコンは消えたが、その恐怖は消えない。夜、監視カメラのレンズが僕を見つめるたびに、あのアプリに見られているような気がしてならない。
受刑者たちの間で最近耳にした噂が、僕をさらに不安にさせた。
「スマホに勝手にアプリが入ることがあるんだってよ。それが原因で人生をめちゃくちゃにされたやつがいるらしい。」
終わらないんだ。僕を破滅させたあのシステムは、次のターゲットを探し続けているのだろう。今あなたが持ってるスマホやPCのカメラは大丈夫?
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