消えた友人の家

怖い話

大学時代の友人・タカシから突然電話がかかってきたのは、会社から帰宅した金曜日の夜だった。電話の向こうでタカシは懐かしそうにこう言った。

「久しぶりだな、元気か?最近どうしてる?」

どこか憂鬱だった日常の中、懐かしい声に心が弾んだ。久しく会っていなかった彼の誘いに乗ることにし、その週末、タカシの住む田舎町を訪れることにした。

「楽しみにしてるよ」とタカシは笑ったが、電話を切る瞬間、背後から誰かの声のようなものが聞こえた気がした。聞き間違いだろうと思い、深く考えなかった。

タカシの地元に着くと、彼が車で迎えに来てくれた。久々の再会に盛り上がりつつ、彼の家へ向かう道中、ふと気づく。道路沿いの木々が妙に暗い。車のヘッドライトが当たっているはずなのに、木々の間に埋まる影が深すぎる。

「この辺、こんなに暗かったっけ?」

「ああ…最近変なんだよな。」

タカシの家は、そんな森の中を抜けた先にあった。古びた木造の一軒家だ。

家に入ると、驚くほど静かだった。聞こえるのは自分たちの足音だけで、周囲に誰の気配もない。家族の気配がなかったため尋ねると、タカシは曖昧に答えた。

「親は旅行中なんだ。しばらく俺一人で留守番だよ」

それ以上は深く追及しなかったが、リビングの隅に置かれた家族写真が妙に古ぼけていることに気づいた。まるで何十年も放置されていたような…。

その夜、タカシと二人で酒を飲みながら、昔話で盛り上がった。夜も更け、午前3時頃、ふと何かの物音で目が覚めた。寝室の窓を開けると、森の奥からぼんやりと淡い光が漏れているのが見えた。

「なんだ、あれ…」

光は規則的に点滅しているようにも見える。街灯や民家からの光ではなかった。奇妙に思いながらも、疲れていたためそのまま寝直した。

翌朝、タカシにそのことを話すと、彼は目を逸らしながらこう言った。

「気のせいだよ。あの森には何もない。ただの…ただの森だ」

その表情が妙に不自然で、逆に興味を掻き立てられた。

どうしても気になり、タカシの制止を振り切って一人で森の奥へ向かった。森の中は昼間だというのに異様に暗く、空気がひんやりとしている。足元に散らばる枯れ葉を踏みしめながら進むと、やがて木々の間から古びた一軒家が見えた。

その家はタカシの家にどこか似ていたが、明らかに放置されて長い年月が経っている。壁は苔むし、窓は割れている。それでも、人の気配のようなものを感じた。

家の前で立ち止まり、玄関を開けるべきか迷った。ドアノブに手を伸ばした瞬間、突然背後から冷たい声がした。

「…入っちゃダメだ」

振り返ると、タカシが険しい顔で立っていた。

「ここには近づくな。戻るぞ」

彼の様子は明らかに動揺していたが、結局その場では何も説明してくれなかった。

その夜、再びタカシの家に戻ると、不気味なことが続いた。深夜、階段を上る足音が聞こえたかと思えば、玄関で誰かが立っているような気配を感じた。だが、確認しに行っても誰もいない。

さらに、明らかにおかしいのはタカシ自身だった。食事中も上の空で、突然「帰れ」と怒鳴るように言う。

「なあ、タカシ。一体何が起きてるんだ?」

問い詰めると、タカシは顔を覆い、しばらく沈黙した後、ようやく重い口を開いた。

「あの家、昔からあるんだよ。俺の親父が子供の頃からずっと。誰も住んでないのに、夜になると灯りが見えることがあるんだ」

彼はさらに続けた。

「親父も一度、あの家に入ったことがあるらしい。でも、それ以来ずっと何かがおかしくなったんだ。」

タカシの話では、あの森の家に入った人間は、何かに取り憑かれる。そして、いずれ消えてしまうらしい。

翌朝、タカシの家を後にしたが、彼からの連絡が途絶えた。数日後、どうしても気になり再び彼の家を訪れると、そこには何もなかった。家そのものが消え、ただ草木が生い茂る空き地が広がっていた。

地元の住人に尋ねても、誰もタカシのことを覚えていない。それどころか、「あそこに家なんて建ってなかった」と言われる始末だった。

タカシの家が消えてから数週間、日常に戻ることはできなかった。夜になると、寝室の窓の外に淡い光が見える。しかも、それは次第に近づいているようだった。

ある日たまらず再びタカシの地元を訪れる決意をした。あの古びた森の家にすべての謎がある気がしたのだ。

森に入ると、前回よりもさらに重苦しい雰囲気が漂っていた。風が一切吹かない静寂の中、足音だけがやけに響く。木々の間を抜けると、やはりあの家があった。しかし今回は、前回よりも明確に人の気配を感じる。

玄関に近づくと、ドアが少し開いており、中からかすかに音楽が流れているようだった。何かが自分を招き入れている。

意を決して玄関を開け、中に入る。家の中は不自然に整然としており、埃ひとつない。壁には古びた写真が飾られていた。その中の一枚に見覚えがある――タカシの家族写真だ。

「なぜここに…?」

写真の中の人物は笑っているはずなのに、どこか目が冷たい。その視線が自分を追っているように感じ、慌てて目を逸らす。

奥の部屋に進むと、大きなテーブルがあり、椅子が一つ置かれていた。その椅子に座らなければいけないような強い衝動に駆られる。しかし、何かが「戻れ」と心の中で叫んでいる気がした。

その瞬間、背後でドアが閉まる音が響いた。振り向くと、ドアは閉まっており、周囲が一気に暗くなった。

暗闇の中、かすかな足音が近づいてくる。次第に明らかになったその姿は、タカシだった。だが、彼の目は虚ろで、まるで別人のようだった。

「お前、ここに来るべきじゃなかった」

低い声でそう言いながら、タカシは手を伸ばしてきた。その手は異様に冷たく、腕に触れた瞬間に全身が凍りついたような感覚が襲った。

「逃げろ、ここにいるとお前も…!」

タカシはそう言いかけたが、突然何かに引きずられるように奥の暗闇へ消えていった。その姿を追おうとするが、足が動かない。

静寂が訪れ、ふと部屋の片隅に1冊のノートを見つけた。それは、この家に住んでいたという家族の記録だった。

ノートにはこう書かれていた

「決して森の奥へ行ってはならない。あの家は呼ぶ。呼ばれた者は、いずれ戻れなくなる。」

さらに読み進めると、最後のページには一言だけ書かれていた。

「もう遅い。私たち全員、ここに囚われた。」

その瞬間、背後から誰かが囁く声がした。

「お前もだよ。」

慌てて家を飛び出し、森を駆け抜けた。しかし、走れば走るほど、なぜか家の前に戻ってきてしまう。森全体が迷路のように入り組んでおり、出口がどこにも見つからない。

気づくと、足元にタカシが持っていたはずのキーホルダーが落ちていた。その横には、自分がこの地元に来た際に持っていた荷物が散らばっている。

「なんで俺のものがここに…」

恐怖は頂点に達し、どれだけ走ったかわからない。ようやく森を抜け、大きな国道に出たことで喧騒が戻ってくる。

ゆっくりと歩道を歩きながら落ち着きを取り戻したところで携帯を見ると、タカシからの連絡履歴も、彼の番号そのものが消えていた。

タカシの地元を離れ、自宅に戻った。ほっとしたのもつかの間、夜になると異様な気配を感じる。部屋のどこかに誰かがいるような感覚だ。

翌朝、郵便受けに一通の手紙が入っていた。差出人は不明。しかし中を開けると、一枚の写真が入っていた。

それは、あの森の家の前で、自分が立っている写真だった。

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