やばいバイト

怖い話

あれってヤバいバイトだったのかな?

最近流行りの「スキマバイト」。便利さがウリのこの仕組みは、フリーターの俺にはありがたい存在だった。バイトがない日もスマホ一つで仕事が見つかるから、何もせずに終わる日はない。いつもなら同じ案件ばかりやっていたが、その日は少しだけ冒険することにした。

時給は普通で、「イベント撤収作業」というよくある内容。夕方、指定された会場に着くといくつかのプレハブ事務所が建てられていた。中ではアルバイトらしき人々が忙しそうに動き回っている。ぼーっと中を軽く見ながら歩いていると、ひとつのプレハブの中で妙な作業をしているグループに目が止まった。

4人ほどが机に向かっており、半紙のような紙に筆で何かをひたすら書き続けている。驚くほどのスピードで筆を動かし、一瞬で仕上がる記号のようなもの。それが何なのか分からないが、やたらと異様だった。

「何やってんだ…」と思ったが、気にしても仕方ない。俺は割り当てられた責任者の元へ急いだ。

その日の仕事内容は、責任者について雑用をこなすことだった。パイプ椅子を運んだり、テーブルを動かしたりと、ごく普通の仕事。

動き回っていると責任者に呼び止められ、作業の手を止めると

「会場外にあるキッチンカーの撤収を手伝ってくれ」と言われ、小走りで会場外に向かう。

キッチンカーの中には、強面の中年男性が作業をしていた。おそるおそる声をかけると、「ちょっと待ってろ」と言われ、しばらくして小型のクーラーボックスを手渡された。

「これ、自治体の規制が厳しくてさ。特殊ゴミなんだけど、指定された場所に捨てないといけないんだ。」

と手元のクーラーボックスを見つめながら話す。

なんかやばい物じゃ無いのかと俺は一瞬怪訝な顔をしてしまった。

中身について訝しむ俺に気付いたのか、男は「ヤバいもんじゃねぇよ。臭いが強いからこうしてんだ」と笑った。

道路に出たところで待機しているというバンに運ぶように言われた。

道路に出るとすぐの所にバンが止められていた。中には同じスタッフ用のジャケットを着た若い男が乗っており、目が合うと会釈をしてきた。

これか、と思い乗り込むと、運転手の男は無言のまま車を走らせた。会話はなく、車内には微妙な空気が流れる。気まずさを感じつつも、俺も陰キャだし雑談の必要がないのは助かる。

だが、車はいつまでも走り続け、目的地に着く気配がない。

「どれくらいかかるんすか」と聞くと、運転手はぶっきらぼうに「もう少し」とだけ答えた。その後、俺は車の揺れに身を任せ、いつの間にかウトウトしていた。

目が覚めた時、車は山奥の未舗装路で停まっていた。辺りは薄暗く、日没が近いことがわかる。運転手は簡単に「ここっす」とだけ言った。

「ここって…どこですか?」と尋ねると、男は「草をかき分けて下ると捨てる場所があります」と説明する。

俺は戸惑った。車を降りると、山の静けさが耳に刺さる。草むらの向こうには薄暗闇が広がり、どこを見ても明かりはない。

「日が暮れると、真っ暗になりますよ。早く行った方がいいです。」

その言葉に急かされるように、俺はクーラーボックスを抱えて草むらに足を踏み入れた。だが、進むたびにぬかるみで足を取られ、ついにはバランスを崩して滑り落ちるように下りてしまった。

ようやくたどり着いたのは、ボロボロの石造りの井戸のようなもの。大きな石の蓋で覆われていて、見た目にも何か古びた異様な雰囲気を放っている。蓋を引きずり下ろすと、井戸の中は底が見えないほど暗く、どこまでも深く続いているように見えた。

クーラーボックスを開けると、鼻をつく強烈な異臭が漂ってきた。中には3つの黒い袋が入っている。1つ目の袋は棒状のものが複数入っているようで、中で擦れ合うような感じがする。少し振るとカサカサと乾いた小さな何かも入っているようで、気持ち悪くすぐに井戸に投げ入れる。やがてボトンと遠くの底で響く音がした。

2つ目は軽く、中には紙くずのようなものが詰められている。これも放り込むと、軽いからか底にたどり着いたような音はしなかった。

最後の袋は異様に重く、タプタプしていた。異臭の元はこれだ。もう何も考えず、袋を放り込んだ。その瞬間、井戸の中でガサガサと何かが動く音が聞こえた。

最初は微かな音だったが、それは次第に大きく、明確になっていく。ガリガリ、バキバキと何かが井戸の壁を掴むような音が聞こえる。まるで何かが這い上がってきているかのようだ。

背筋が凍りつく。俺は井戸から目を離せなくなり、その間にも音はどんどん近づいてくる。ヤバい、何かあがって来る――!

振り返って逃げ出そうとするが、足元はぬかるみがひどく、うまく進めない。足が滑り、転びそうになるたびに焦りが募る。背後から音がさらに大きくなり、気配がすぐ後ろまで迫っているような感覚がした。

「助けてくれ!」と叫ぶが、声は運転手には届かない。俺は細い木や草を掴みながら、死に物狂いで這い上がった。

ようやく道にたどり着くと、車の中から運転手がぼんやりとこちらを見ていた。「そろそろ出発しようかと思ってたっすよ」とだけ言う。

会場に戻ると、責任者は何も聞かず、「お疲れ」とだけ言った。退勤作業を終え帰り際、彼がポツリと聞いてきた。

「蓋、閉めたか?」

俺は咄嗟に「はい」と答えるしかなかった。

あの井戸は何だったのか。あの音は一体何だったのか。あれ以来、俺は逃げるように県外へ引っ越した。だが、開けっ放しの蓋が気がかりでならず、今でも不安が消えない。

タイトルとURLをコピーしました