小さな部屋。壁には自分で貼り付けた防音材が張り巡らされ、机の上には中古で買ったPCとマイク。俺はこの狭い空間で、数人の固定視聴者に向けて毎日ゲーム実況を続けている。夢は、有名配信者になること。でも現実は厳しい。再生数が二桁いくことなんて滅多にない。いや、一桁の日すら珍しくない。
そんなある日、配信中にいつもの視聴者の一人からコメントが流れた。
「面白いインディーズゲームがあるよ。やってみて!」
そのコメントにはリンクも添えられていた。怪しいとは思ったけど、再生数を伸ばせるチャンスかもしれない。そんな期待に駆られて、俺はリンクをクリックした。
ゲームのタイトルは「Collector’s Abyss」。暗いトンネルの中を進みながら出口を目指すシューティングゲームだった。グラフィックは正直粗い。でも、なんともいえない不気味な雰囲気が漂っていた。
「ホラー系か……まぁ悪くないな。」
そう呟きながら、俺はゲームをスタートした。序盤は雑魚敵を倒しながら進むだけで、単調といえば単調だった。でも、部屋ごとに現れる異形のボスキャラクターがなかなか手応えがある。
ボスを倒すと部屋が崩壊し、「コア」と呼ばれる謎のアイテムを回収するよう促される。この「コア」を集めていけば、最終的に出口が開く仕組みらしい。
「地味だけど、まぁ面白いな。」
気づけば夜更けになっていた。いいところで配信を切り上げ、今日はそのまま寝ることにした。
翌朝、目を覚ますと体がやけに重い。睡眠時間は足りているはずなのに、全身がだるい。
「まぁ、気のせいだろう。」
そう自分に言い聞かせ、今日も配信を始めた。ゲームの続きだ。だけど、ゲームを進めれば進めるほど、体調が悪化していく。暗い画面に映る自分の顔が、なんだか青白く見える。
「風邪……かな?」
そんな違和感があった。でも、それよりも嬉しかったのは、視聴者数がどんどん増えていることだった。最初は数人しかいなかった視聴者が、気づけば数十人、そして数百人に膨れ上がっていた。
「やっと俺にもチャンスが来た!」
この視聴者数を手放すわけにはいかない。何としてでもゲームをクリアして、さらに人を集めなきゃ。
ボスを倒すたびに、奇妙なリアルさでコアを回収する描写が挿入される。金属音を伴いながら、ボスの胸や腹部から赤黒い物体を引きずり出す演出。
「……なんか、気味悪いな。」
そう思っても、やめるわけにはいかない。体調が悪化しているのはわかる。でも、コメント欄の盛り上がりが俺を支えていた。
「お前すごいな!」
「次も絶対勝てるよ!」
「ラスボスが楽しみ!」
その応援に背中を押されて、ついにラスボス戦に挑むことになった。ラスボスはゲーム全体のテーマを象徴するような巨大な怪物だった。蠢く触手、瞳孔のない目、そして体中から突き出た無数のコア……。
必死で戦った。意識がぼんやりする中、手汗をかくほどの激戦を繰り広げ、ついにラスボスを撃破することに成功した。
チャット欄が祝福の言葉で埋め尽くされる。俺は心の中でガッツポーズをした。やっと俺が認められたんだ……。
画面にはエンドロールが流れ始めた。ぼんやりとした意識のまま、俺は画面を見つめていた。そして、最後に「コレクション画面」という一覧が表示された。
そこには英単語が並んでいた。
「liver」
「pancreas」
「small intestine」
「large intestine」
「kidney」
「stomach」
「lung」……。
「……なんだこれ?英語か?stomachって……胃だよな?」
震える指でマウスを握り、スクロールを止めようとした。でも、スクロールは止まらない。どんどん文字が流れていく。そして、最後に「heart」という文字が表示された瞬間、画面がブラックアウトした。
翌日、連絡が取れなくなった彼を心配した配信仲間が部屋を訪れると、倒れた彼を発見した。医者によると、原因不明の内臓不全が起きていたという。
彼のPCには、「Collector’s Abyss」のゲームファイルが残っていたが、起動しようとすると「このゲームは既に終了しました」というメッセージだけが表示されていた。
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